研究プロジェクト

  • HOME
  • 研究プロジェクト

小児脳腫瘍における神経発生プログラムのハイジャック

Developmental hijacking in pediatric brain tumors

小児脳腫瘍における神経発生プログラムのハイジャック

小児脳腫瘍は、脳が形成される過程と深く関係して生じる腫瘍です。発生中の脳では、神経前駆細胞が増殖し、分化し、適切な場所へ移動し、神経回路を作り上げていきます。これらの過程は、遺伝子発現やエピゲノム状態によって精密に制御されています。しかし、がん遺伝子変異や融合遺伝子がこの発生プログラムに入り込むと、本来は一時的に働くべき増殖・生存・移動の仕組みが異常に持続し、腫瘍形成につながると考えられます。私たちはこの現象を「神経発生プログラムのハイジャック」と捉えています。

私たちの研究室では、髄芽腫や上衣腫などの小児脳腫瘍を対象に、ヒト腫瘍で見つかった遺伝子異常が、どの発生段階のどの細胞に作用すると腫瘍を生み出すのかを解析しています。特に、正常な脳発生に関わる転写因子、エピゲノム制御因子、細胞接着分子、YAPシグナルなどに注目し、腫瘍細胞が発生期の細胞特性をどのように再利用しているのかを明らかにしようとしています。

この目的のために、胎仔脳への遺伝子導入、マウス脳腫瘍モデル、患者由来腫瘍モデル、組織病理解析、シングルセル解析、エピゲノム解析などを組み合わせています。発生過程の中で腫瘍を再現することで、培養細胞だけでは見えにくい「起源細胞」「発生段階」「脳内環境」の影響を明らかにできます。

小児脳腫瘍の発生機構を理解することは、正常な脳形成の原理を知ることにもつながります。同時に、腫瘍が依存する発生プログラムや細胞接着・転写制御機構を見つけることで、新しい治療標的の発見を目指しています。

参考原著論文: Zuckermann et al. Nat Commun. 2015; Feng et al. Nat Commun. 2017; Kutcher et al. Genes Dev. 2020; Shiraishi et al. Dev Cell 2024; Wang et al. Cell Rep 2025


脳腫瘍における細胞接着とニッチ依存性シグナル

Cell adhesion and niche-dependent signaling in brain tumors

脳腫瘍細胞は、脳の中で孤立して増殖しているわけではありません。周囲の神経細胞、グリア細胞、血管、細胞外マトリックスなどと接しながら、その場所に特有のシグナルを受け取り、生存や増殖の状態を変化させています。特に、細胞接着は腫瘍細胞が脳内環境を読み取るための重要な仕組みです。インテグリンやL1CAMに代表される接着分子を介して、腫瘍細胞は周囲の細胞や基質に結合し、その情報を細胞内のシグナル伝達や遺伝子発現の変化へと変換します。

正常な脳発生では、神経前駆細胞や神経細胞が適切な場所へ移動し、周囲の環境と接着しながら分化や成熟を進めます。脳腫瘍では、このような発生期に働く接着や移動のプログラムが再利用され、腫瘍細胞の生存、浸潤、治療抵抗性に関わる可能性があります。私たちは、脳腫瘍細胞がどのような接着分子を使って脳内のニッチに適応しているのか、またその接着シグナルがどのように細胞内の転写プログラムや増殖シグナルへとつながるのかを研究しています。

この研究では、小児脳腫瘍や悪性グリオーマを対象に、患者由来腫瘍モデル、マウス脳腫瘍モデル、組織病理解析、遺伝子操作、トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析などを組み合わせています。腫瘍細胞と周囲の脳内環境との相互作用を解析することで、培養細胞だけでは見えにくい「腫瘍がどこで、何に依存して生きているのか」という問いに迫ります。

私たちが目指しているのは、脳腫瘍を単に遺伝子変異の結果として理解するのではなく、腫瘍細胞が脳内の特定の場所や細胞外環境を利用して進展する仕組みとして理解することです。細胞接着やニッチ依存性シグナルを明らかにすることで、これまで見過ごされてきた腫瘍の弱点を見つけ、新しい治療標的の発見につなげたいと考えています。

参考原著論文: Pajtler et al. Nat Commun. 2019; Zheng et al. Cancer Discov. 2021


神経活動による腫瘍進展制御

Neuronal activity and brain tumor progression

脳腫瘍は、電気的に活動する神経回路の中で発生し、増殖します。近年、神経細胞の活動が単に脳の機能を支えるだけでなく、脳腫瘍の増殖や浸潤にも影響を与えることが明らかになりつつあります。腫瘍細胞は、周囲の神経細胞、シナプス、神経伝達物質、電気活動の影響を受けながら、その増殖状態や治療抵抗性を変化させている可能性があります。私たちは、脳腫瘍を「神経回路の中で生きるがん」として捉え、神経活動が腫瘍進展をどのように制御するのかを研究しています。

特に、悪性グリオーマを中心に、興奮性・抑制性神経活動と腫瘍細胞の相互作用に注目しています。脳内では、神経細胞同士が興奮性入力と抑制性入力のバランスによって活動を制御しています。腫瘍細胞もこの環境の中に存在しており、神経伝達物質や細胞内カルシウムシグナル、増殖関連シグナルを介して、周囲の神経活動に応答すると考えられます。神経活動が腫瘍を促進する場合もあれば、逆に抑制的に働く場合もあり、その作用は腫瘍の種類、発生部位、細胞状態、脳内環境によって異なる可能性があります。

私たちの研究室では、マウス脳腫瘍モデル、患者由来腫瘍モデル、生体内イメージング、神経活動操作、組織病理解析、分子生物学的解析を組み合わせて、神経活動と腫瘍細胞の相互作用を解析しています。また国内外の共同研究を通じて、腫瘍細胞内のカルシウム動態、増殖シグナル、転写プログラムの変化を調べることで、神経回路が腫瘍細胞のふるまいをどのように変えるのかを明らかにしようとしています。

この研究の目的は、脳腫瘍を遺伝子変異だけで説明するのではなく、神経活動や神経回路との関係の中で理解することです。神経活動によって変化する腫瘍の脆弱性を見つけることができれば、既存薬の再利用や神経活動を標的とした新しい治療戦略につながる可能性があります。神経科学と腫瘍学をつなぐことで、脳腫瘍研究に新しい視点を加えたいと考えています。

参考原著論文: Forget et al. Cancer Cell 2018


関連研究・共同研究: 小児がんにおける染色体外DNA

Extrachromosomal DNA and Tumor Evolution in Pediatric Cancers

染色体外DNA(extrachromosomal DNA: ecDNA、ダブルミニッツとも呼ばれる)は、多くのヒトがんで認められる、メガベース規模の環状DNA増幅構造です。ecDNAには、がん遺伝子やその他の機能的ゲノム要素が含まれることが多く、腫瘍細胞に選択的な増殖優位性をもたらすと考えられています。また、ecDNAはセントロメアを持たないため、細胞分裂時に不均等に分配されやすく、腫瘍内でのコピー数多様性や細胞間不均一性を生み出します。このコピー数の不均一性と正の選択が組み合わさることで、高コピー数のがん遺伝子増幅、急速な腫瘍進化、治療抵抗性が促進される可能性があります。

近年、ペアエンド全ゲノムシークエンシングは、ecDNA上に存在するがん遺伝子やその他のゲノム配列を同定するための、効率的かつ費用対効果の高い手法として注目されています。初期の小児パンキャンサーゲノム研究では、ecDNAの存在は十分に評価されていませんでしたが、近年の研究により、さまざまな成人がんに加えて、一部の小児がんにおいてもecDNAが存在することが明らかになってきました。

小児がんは成人がんと比較して体細胞変異数が少なく、発生過程や細胞系譜に依存した固有のドライバー変異、融合遺伝子、コピー数異常によって特徴づけられます。そのため、小児がんにおけるecDNAの頻度、構成、標的遺伝子、および臨床的意義を明らかにすることは、腫瘍進化や治療抵抗性を理解する上で重要です。私たちは現在、幅広い初発および再発小児がんを対象に、ecDNAの頻度と特徴を解析し、患者予後や治療抵抗性との関連を検討しています。

参考原著論文: Chapman et al. medRxiv 2025; Chapman et al. Nature Genetics 2023


関連研究・共同研究: 未分化多形肉腫の遺伝的多様性

Genomic Diversity of Undifferentiated Pleomorphic Sarcoma

未分化多形肉腫(undifferentiated pleomorphic sarcoma: UPS)は、組織学的・分子的に多様な特徴を示す軟部肉腫の一つです。UPSは明確な分子分類が十分に確立されておらず、臨床経過や治療反応性も症例によって大きく異なります。一部の腫瘍では局所的なゲノム増幅や複雑な染色体異常が認められますが、それらが腫瘍の進展、予後、治療抵抗性にどのように関わるのかについては、まだ多くの点が明らかになっていません。

本学共同研究では、UPSおよび関連肉腫を対象に、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトームの多層的解析を行い、腫瘍内および腫瘍間の分子多様性を明らかにすることを目指しています。特に、患者腫瘍検体と対応する患者由来異種移植モデル(patient-derived xenograft: PDX)を活用し、ヒト腫瘍の特徴がモデル内でどのように保持されるのか、また腫瘍進化や治療応答性の解析にどのように利用できるのかを検討しています。

また、染色体外DNA(extrachromosomal DNA: ecDNA)に注目し、ecDNA陽性UPSの同定と、その臨床的意義の解明にも取り組んでいます。ecDNAは、がん遺伝子増幅や腫瘍内不均一性、急速な腫瘍進化、治療抵抗性に関わる可能性があり、UPSのようにゲノム構造異常を伴う腫瘍において重要な役割を果たしている可能性があります。本研究を通じて、UPSの分子多様性をより深く理解し、患者予後の予測や治療方針の選択に役立つ新たなバイオマーカーの同定を目指します。さらに、ゲノム情報を活用した新しい治療戦略の可能性を探索し、難治性肉腫に対する個別化医療の発展に貢献したいと考えています。



関連研究・共同研究: アルツハイマー病発症機構におけるアミロイド蓄積およびAβ代謝(産生・分解)制御メカニズムの解明

アルツハイマー病発症機構におけるアミロイド蓄積およびAβ代謝(産生・分解)制御メカニズムの解明

当研究室では、脳腫瘍エコシステム生物学を中心的な研究テーマとしながら、神経変性疾患などの脳疾患に関連する研究にも共同研究として関わっています。これらの研究は、脳の細胞機能、病態形成、細胞間相互作用を理解する上で重要な視点を提供するものであり、脳腫瘍研究で得られた知見や技術との接点を探りながら進めています。

超高齢社会に突入した日本では、認知症患者数は増加の一途をたどり、特に認知症の60%前後を占めるとされるアルツハイマー病の予防・治療法の確立は、急務です。我々のチームでは、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の病態解明を行い、分子メカニズムに介入する形で予防・治療法解明のための研究を行っています。

(1)アルツハイマー病の発症には、アミロイドβ蛋白(Aβ)の脳内蓄積が深くかかわっていると考えられています。我々は、世界に先駆けてAβ42は強い毒性を発揮するが、Aβ40は神経保護作用を持つことを見出しました。すなわち、(i) Aβ42は強い凝集性を持つため神経毒性を発揮するが、単体で存在しうるAβ40は遷移金属をキレートして活性酸素の発生を抑制し、活性酸素による神経細胞死を抑制し、(ii) 単体Aβ40はAβ42と結合することにより、Aβ42のβ-sheet形成を阻害し、Aβ42の重合体形成・線維化を抑制します。その結果、単体Aβ40には、Aβ42のもつ神経毒性を抑制する作用があることを明らかになりました。